稀勢の里の努力が実を結び優勝!そして横綱昇進!は奇跡ではない。

     23, 2017 07:33
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    大相撲ファンの僕は大興奮しました!目出度い正月を200%増量のお目出たで締めくくってくれた稀勢の里、ありがとう!!

    努力が報われるか報われないか、それはどちらの結果もあるでしょう。

    しかし、努力なしに報われるということはないのです。

    稀勢の里の優勝は奇跡ではありません。まさに努力の積み重ね+αによってもたらされたものですね。

    ●「もっと泥臭く雑草魂で。目先の一勝でなく人生一生の勝利を」

    元隆の里、稀勢の里の先代師匠生前の言葉ですね。

    苦い経験を一つずつ力に変えながら、教えに応えた稀勢の里。素晴らしい結果ですね。

    「結果を残してこそ、あのときがあったからと言える。そうでなければ、ただの過去。夢は見るものじゃない。一番上での景色を見てみたい」。

    ついに試練を乗り越え、破顔一笑する日が訪れたのです。

    ●相撲はシンプル&ビューティ、そして肉体を学べる

    足の裏以外が地面につくか、丸(土俵)から出たら負け。ルールは実にシンプルですね。勝ち負けが誰にでもわかる。

    そして美しい。一瞬で決まることもあるし数秒、数十秒、長くても数分。
    白黒がハッキリしていてどちらが勝ってもスッキリ爽快、明快。

    ごく稀に何回取り直しても勝負がつかないで引き分けとなる場合があるそうですが僕は見たことありません。


    ところで、今の子供たちは相撲とらんから相手の肉体を感じる機会が少ない。
    相手の肉体を感じれば自分の肉体が分かる。

    相手から痛みをもらうことでこうすれば相手がどう痛みを感じるかが想像できる。

    どう動けばどう反応するか。

    肉体で感情も読める。例えば負けまいとして緊張してると身体は硬くなってる。

    身体と身体のコミュニケーションは言葉とはまた別の世界の存在を知ることが出来ます。

    パソコンも、ゲームなどもなかった子供時代はもっぱら相撲に興じてました。

    ズボンのベルトループは毎度ブチ切れ母親に都度グチられていましたね。

    自分より大きい相手を投げ飛ばす爽快感。

    年下の相手にやられたときの悔しさ、屈辱感。でも次には相手を研究してやっつける。

    テストで100点や友達よりいい点数で得る優越感とは違うものがそこにはあります。

    身体もアタマも使った達成感、それは人間の本能的な喜びを満たしてくれていたのかもしれません。

    ●「こんな時代でもお互い明るく頑張りましょう!」って、何を「頑張る」の?

    何を頑張ればいいのかわからない、ではただの空しい慰め、諦めの言葉にしか過ぎません。

    こんな時代だからこそ頑張れるものを探して努力しなければ生き残るのは難しいでしょう。

    ただ生きているだけの人生なんてつまらないじゃありませんか。人間なんだから。




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    (ゲイリー・ヴェイナチャック)





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    Tag:稀勢の里 努力 大相撲 隆の里 肉体 頑張る

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